こんにちは、2014年の留学中にオーストラリアで緊急手術をしてきた経験を今回は振り返りたいなと思います。

留学中に突然の病になってしまうのでは?と不安に思っている人も多いのではないでしょうか?

結論から言うと、本当にマジで病院や保険についてはしっかりと下調べしてから行った方がいいです。

さぁ、12/23の夜に前に一回やっていた盲腸(appendix)が再発してそのまま12/24に手術、12/25に退院という、「人を人だと果たして思っているのか」と思うような弾丸医療ツアーをしてきましたのでその経過をシェアします。

 

12/23 盲腸再発

起きた時からなんとなくお腹が張ってるような感覚が。

実は一度日本で入院し、その時は手術にビビって薬で散らして終わりにしていたのです。

 

変に意識すると再発しそうだなと思ったので何も考えないようにして学校へ。(僕はEFの語学学校に通っていました)

お昼ご飯の時も普通にお腹は空いていたので、お昼ごはんに小さいミートパイを1つ食べたのですが、そこからはどんどん盲腸特有の変な腹部の違和感が増していったので絶食モード。

「あの時なんで手術しなかったんだろう」「どうして盲腸になったんだろう」「そもそも盲腸とはなんだろう」「盲腸ってネーミングはどうなんだろう」と自分で自分を問い詰めながら帰宅しました。

 

そのまま早く寝てしまおうと考えたのですが、21時頃になって痛みがピークに。

盲腸と自分の対話なんていうくだらないことをしている余裕もなく、我慢できずに部屋を飛び出し、寮の友だちが大勢いるキッチンに駆け込み助けを乞いました。

10人以上に囲まれながら救急車を呼び、近くの病院へ搬送。待っている間に口からダイソンの掃除機を逆回転させたようにそれはそれは吐きまくりました。

後ろでコロンビア人の友達が「救急車呼ぶと1回200ドルかかるけど呼んでいい?いい?」とよく分からないけれど、僕のお財布事情を心配してくれていました。

はっ倒そうかと思いましたが、僕の方がはっ倒れていることに気づき、彼に救急車を呼んでもらいました。

 

天邪鬼なのが僕の身体です。救急車が来た時にはもう痛みは止まっていました。が、もちろんそのまま運ばれていきます。

救急車の中では点滴用の管の用意・血圧などの他に人差し指に小さな穴を開けて1滴ほどの血を採取されるという日本ではあまり見ない行為が行われました。

なんでいきなり人様の指から血取っているこのいかつい外国人の人たち?と思っていましたが、なんか見た目的に細長くてひょろひょろしててヒルっぽいしヒルの生まれ変わりだろう、いや二足歩行のヒルだ!歩くヒル!HIRU!という押し付け的思い込みで「OK, take my blood.」とよく分からない返しをしました。

おそらく血液型調査の検査です

また、看病してくれていた友達のうち、2人のブラジル人の女の子が付き添いで一緒に救急車に乗ってくれたので一安心。

なぜ男の仲のいい連中がついてきてくれなかったのが甚だ謎でしたが、まぁ女の子に囲まれているのでいいでしょう。

 

23時過ぎに病院到着。1時間ぐらい待たされて自分のベッドへ。もちろん4人部屋みたいなとこにぶち込まれます。

日本の病院と同じくリクライニング式のベッドでナースコールも日本と同じようなものでした。

ちなみに点滴を入れる前に自分の名前と誕生年日を言わされるのも一緒だったので、しっかりしてるんだなぁと感心しました。

偏見の塊である自分にグローバル感覚が芽生えた貴重な学びの一瞬がここで自分で自分が悲しくなりました。あとまたお腹も痛くなりました。

海外留学最大の地獄の始まり

医者が自分のベッドに来たので、「やっといろいろ話ができる」と思った矢先、「anjsibhdf]:}*>*sauuurrawrihuvn」と話しかけてくるではありませんか。英語を話せ英語を!English is All!と反抗しましたが、1ミクロンも聞き取れません。

オーストラリア英語は、人によってかなり発音に癖・訛りがあり、非常に聞き取りづらいパターンがあります。

また、基本的にものすごい速度のスピードで話される上に、「医療用語」という聞いたこともないような単語がバンバン飛び出ます。

受験生の時にちょろっと医療単語(antibioticなど比較的簡単なの)はやっていたので、内心はなんとかなるだろって思ってましたが、結論なんとかなりませんでした。病院に来たのにフルボッコです。なんというパラドックス。こちとら精神的にも盲腸的にもはち切れそうな思いです。

そのまま、ナースとドクターから「アレルギーはあるか」などのまだ分かるジャブから「このまま薬で散らすのだと腹膜炎起こす可能性があるぞ」という見事なアッパーまで全て食らってきました。

アッパークラスまでいくとさすがに訳がわからないので病院側も見かねて通訳サービスを用意。かたじけない、サンキューオーストラリア。ビバOGビーフ。Nothing is better than Australia.

通訳のおばちゃんと電話越しに3人でやりとりをして全て理解した後に「親と相談させてくれ」と頼み、国際電話。

僕が聞き取れなかった部分を日本語訳してもらったら、「お前いま手術しないと死ぬかもしれないけど、どうするー?」といったものでした。

超軽いな、大嫌いだオーストラリアと思いました。

 

また、僕はWi-Fiルーターを無くしていたので何も通信手段を持っていませんでした。

誰にも連絡できず超絶不安だったので、とりあえず一安心。

 

結局、手術をしようということになり翌日の朝8時(なぜこんな緊急で手術できるのかは不明)に迎えに来ますね〜と言われ、全ての手続が終わって寝たのが夜中の3時。

日本人に合わせた”ブラック企業対応”というオモテナシを喰らって僕は床につきました。

 

12/24 手術当日

朝8時頃、でっかいナースのおばちゃんに起こされて苛立ちながらも、血圧・酸素量測るサーキュレーター・体温、というお決まりの基本検査を受けます。

ちなみに体温は舌の下に水銀部分を乗せて測るという外国式だったので最初パクっと舌の上に乗せてたら笑われました。

日本人舐めるんじゃねぇ!と思ってたけど、体温計を舐めていたのが僕の方。何も言えませんでした。

 

もちろん手術当日なので水分補給は禁止。喉カラカラ。

そんなフタゴラクダのような顔をしていると、あっという間に検査が終わり、日本と同じうすーい手術用の白衣のようなものを渡されて「全部脱いでこれ着て待っててね〜」と言われたので黙ってゴソゴソ着替えます。

後ろまで布部分がきちんとなかったので、これはポロリさせるために嵌められたかなぁ、そういう趣味の医者なのかなぁとか悶々と考えて待ってると、「はい、行きますよー」と起き上がる必要なく、背中をベッドにつけたままベットごと手術室へ移動させられたので、なるほどね後ろがないのはそういうことね。と勝手に納得しながら運ばれていきました。

 

手術室前で少し待たされたのですが、正直その間めちゃくちゃ不安でした。

「なんで海外来てクリスマスなのにこんなところにいるんだろう、本当なら今日皆と美味しいもの食べたりパーティーで知り合った女の子と仲良くなって七面鳥をお互いの口に運び合いながら告白するはずだったのに」と泣きかけました。

が、とりあえず落ち込んでてもしょうがないし落ちるとこまで落ちたらあとは上がるだけだ!と気持ちを切り替えて手術室へ。

 

手術室は若干寒いです。見た目は日本の手術室とあまり変わらない印象。医龍っぽいです。

所定の位置に移動して、あとは日本の手術と同じように麻酔して(漫画みたいにクソでかい注射かと思っていたけど超常識的な注射だったからちょっとガッカリ)、意識はFar away、起きたら病室にfly awayしていました。

ちなみに注射はinjectionです。

 

当たり前だけど、起きた直後は普通に傷口痛いです。

なんか腹筋200回ぐらい連続でやった次の日の朝みたいな痛さです。半端ない筋肉痛に近い。

ちなみに筋肉痛はmuscle painです。

 

とりあえず夜まで全身麻酔があんま抜けないのでひたすら寝てました。

全身麻酔が抜けない間は頭を垂直にするとえげつない吐き気に襲われるので、リクライニングベッドを最大限駆使しなきゃいけないし、トイレも尿瓶でしてナースに運んでもらうという男としては屈辱的な時間を過ごさざるを得ません。

オロナミンCみたいな綺麗な色のものをなみなみと尿瓶に入れ、それを運んでもらうという経験だけで就活の自己PRになりそうです。

 

そして18時頃、食事が運ばれてきました。

ここで更なるカルチャーショック。

 

ご飯が…….美味しい…..。

 

日本で入院していた頃は重湯(おかゆの米無しみたいなの)からスタートして三分粥、五分粥と何日間かかけて慣れさせていくのですが、ここでは普通に味濃いものがガンガンでてきました。アリエナイ。

そんな夕食のメニューがこちら。

 

病食メニュー:

ビーフシチューの具なしバージョン、オレンジゼリー、ヨーグルト、アップルジュース、ミルク

 

もちろんほぼほぼ液体ですが、まさかこんなに味の濃いものが出てくるだなんて経験上思ってもみなかったので、歓喜しました。ベートーベンが喜びの歌を作曲した時こんな気持ちだったんだろうなってぐらいの歓喜。マリオパーティーで最後にハプニング賞とかでスターをやたらもらえた時のような歓喜。

というのも、日本で入院してた時は七分粥の時点で耐え切れず、ナースに隠れて消化の良いミルクビスケットを食べて生きながらえていました。しかし、そんな心配をする必要が全くなかった。ビバ海外。ビバ病食。

日本が過保護すぎるのかオーストラリアの現地人の体が強いからこんなメニューが可能なのかは知りませんが、いい意味でカルチャーショックでした。

 

21時過ぎにまた検査があり、その時にナースから「明日退院できるかもよ」って言われて「は?今日切ったんですけど僕。一緒に手術室あなた行きましたよね?僕は今日何回あなたにオロナミンCを運ばせましたか?正気ですか?マジで問題ないの?本当?ドッキリじゃなくて?」って言ったら「若いから大丈夫」と日本人に付け入る隙を与えない鉄壁の論理で切り返されました。

ともかくクリスマス当日は病院から抜け出せることが分かり、再度歓喜。

 

12/25 退院

翌日、普通に傷口痛みまくるじゃねぇかあああああオースラリあああああああふざけんなぁあああなjdjsdsファコアsdlkjヴィjxckんfかエアr

という具合になりましたが、タクシーに無理やり詰め込まれて無理やり退院させられました。強制送還。

寮の人たちからは「腹を切ったのか!やっぱりお前はジャパニーズサムライだ!」と謎に日本を持ち上げられました。

切腹は有名なんですね。

 

あ、全部お金はAIUの海外保険で対応できました。病院に入ってから出るまでお金かからず。

海外保険のしおり的なやつは常に携帯しておくと、僕みたいに急に盲腸になって手術することになっても安心なのでバッグの中に常に入れておいてください。

入れておかないと100万円くらい普通にかかっちゃうので気をつけて。

オーストラリアで盲腸の緊急手術をクリスマスにした留学生のお話

ABOUTこの記事をかいた人

YamaguchiTatsuya

学生時代に編み出した「独自の学習方法」による効率的で楽しいTOEIC高得点のコツ等を書いています。 大手IT広告代理店国際事業推進部→某教育系スタートアップ執行役員→ブランディング(入社案内・理念浸透ツール等の制作) グローバル教育研究所認定講師。